ドリームキャストの失敗を振り返る!敗戦理由と歴史を紹介

皆さんは、ドリームキャストというゲーム機をご存じでしょうか。ドリームキャストは、たくさんの期待を背負って登場したゲーム機でしたが、決して成功したとは言えない結果を残すことになります。ドリームキャストとは何だったのか。その失敗の歴史を振り返ってみましょう。

また、ドリームキャストを片付けると社会貢献につながる方法もご紹介します。

逆転のつもりが大失敗?ドリームキャストとは

まずは、ドリームキャストがどのようなゲーム機だったのか見てみましょう。

ドリームキャストは1998年11月27日に、セガ・エンタープライゼスが発売した家庭用ゲーム機です。略称はDCやドリキャスなどでした。1990年代後半、セガは前世代ハードウェアであるセガサターンが、プレイステーションとの競争に敗れ、逆転を狙って次世代機のドリームキャストを開発します。

当時、セガの人気シリーズだったバーチャファイター、セガラリー、さらに海外で大人気だったソニックの最新作を数か月で発売。グラフィックチップは3D処理能力に特化した性能で、プレイステーションやニンテンドー64を超える美しい映像が注目されます。

ソフトも当時主流だったCD-ROMより大容量のGD-ROMを採用。また、当時としては珍しい、ダイヤルアップ接続によるインターネットを利用したオンラインプレイも対応していました。

宣伝にも力を入れ、新聞やテレビで大々的にPR。特にテレビCMで流れた「湯川専務」の存在を覚えている人は少なくないでしょう。そのため、ドリームキャストは発売前から予約が殺到し、発売後も供給が追いつかなくなるほどの人気を獲得しました。

ドリームキャストが失敗した理由

当初は順風満帆のように見えたドリームキャストですが、失敗の気配はすぐに表れます。ドリームキャストが失敗した理由は、どのようなところになったのでしょうか。

失敗の大きな原因は供給不足

ドリームキャストは発売時から供給が追い付かない、という問題を抱えていました。これは、ドリームキャストが搭載する、グラフィックスチップPowerVR2の開発が予定よりも遅れたことが発端でした。

その関係で、生産とソフト開発にも遅れが発生。発売当時の豪華タイトルのソフトはほとんど発売延期となりました。品薄と合わせて、スタートダッシュが失敗に終わってしまいます。

プレイステーション2の登場

供給不足の問題を解決できないまま、1999年3月にソニーがプレイステーション2を発表。プレイステーション2はドリームキャストを上回る美しいCG処理に加え、DVD再生機能を搭載し、プレイステーションのソフトをそのまま楽しめる、という豪華な仕様でした。

プレイステーション2の登場によって、ドリームキャストへの関心は低くなるばかりでした。そこで、ドリームキャストは苦肉の策に出ます。

値下げを決行するも撤退に

1999年3月に発表されたプレイステーションの発売は、2000年6月に発売を予定していました。その間、ドリームキャストは捨て身の姿勢で値段を29,800円から19,900円に値下げ。ただ、これは1台売るごとに10,000円赤字という状態で、さらに値下げ直後は好調だったものの、すぐに勢いは衰えてしまいます。そして、プレイステーション2発売後、数ヵ月で普及台数は追い抜かれ、2001年にセガは家庭用ゲーム機本体事業からの撤退を発表するのでした。

セガサターンのときと同様、プレイステーションに阻まれてしまったドリームキャスト。ただ、決して評価されていなかったわけではなく、「早すぎたゲーム機」「格ゲーファンにとっては神機種だった」という声もあります。

ドリームキャストが成功していたら、今のゲーム業界はまた違ったものになっていたかもしれませんね。

ドリームキャストを片付けて社会貢献

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